この世の全てのモノは借り物だ

ニート的ミニマリスト幸福論

父の日に考えたこと

今、「昼顔」とか「あなそれ」とか、不倫をテーマにしたドラマが流行っているらしい。

 

ドラマを見ていないからドラマ自体のことは良くわからないのだけど、僕も既婚者なので不倫は他人事ではない。

 

今現在僕は不倫をしていなくて、する気配もないし、したいという気もない。

 

それは子供の気持ちを考えれば自然とそう思う。

 

今は毎朝、3歳の娘と手を繋ぎながら保育園に歩いて送りに行く。

 

比較的交通量の多い道だから、娘にはお父さんと常に手を繋いでいるように言ってある。

 

今日は父の日だったなと思って、娘の手を見ていた。

 

娘はまだまだ小さい手で僕の手をにぎっている。

 

もし、僕が誰か魅力的な女性に言い寄られているとして、それに抗うか不倫に突入するかという決断があるとすると。

 

不倫するということは、この娘の手を振りほどいて女の所にセックスしに行くということだ。

 

しょうもない低スペックな元ニートの僕を、ただ父親というだけで、こんなにも頼ってくれる娘。

 

無事に産まれることをあれだけ祈って、何度も風邪を引きながらここまで元気に育ってくれた娘。

 

そんな娘がお父さん行かないでと言いながら止めるのを振り切って行くほどの価値のあるセックスがあるのだろうか。

 

年齢を重ねるとまた違うのかもしれない。

 

でも今のところ、僕はこの手は絶対に離さないと誓える。

 

父親でいるということは、頑張って仕事してまあまあのお金を持って帰ることじゃない。

 

娘の手を離さずに、いつもお母さんを大事にして、家の中では機嫌良く、話を聞いて欲しいときに聞いてくれて、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、優しく見守ってくれて、必要なときに厳しく叱る、そもそもそういうことが父親のすることなんじゃないだろうか。

 

こういう基本的なことが満足に出来ないのに、忙しく仕事するなんて馬鹿げたことだと思う。

 

仕事が忙しいから出来ないのなら、そんな仕事はやる必要がない。

 

手段と目的が逆になってるわけだから、本末転倒だ。

 

人の資源は有限なのだから、仕事なんて必要な分だけやって、残りは存分に自分のやりたいことに投入すべきだ。

 

ごちゃごちゃうるさい会社はほっといて、万が一退職を促されたら、それ自体が会社都合退職の事由になるのだから会社都合退職して自分の時間と新しい仕事を手に入れよう。

 

人生は一度しかない。

 

そろそろ自分のために生きるか会社のために生きるか選択しよう。